「影法師ですかー。私たちはドッペルゲンガーなんて呼んだりしますね。」

歳の頃は三十半ばか。図書館員の女は、
眼鏡の奥で、興味深そうに此方を見上げた。

「知こそ国家の礎」と説き、帝国図書館を一般に解放したのは何代前の皇帝か。
果たしてその結果、グレスは世界有数の魔導国家に君臨することとなる。
常に自然との戦いを強いられた人類は、今や四大元素を使役するに至る。

その裾の尾の広さは、帝都の下層階級の人間ですら読み書きがある程度出来る程であったが、
冒険者は必ずしもこれに当てはまる訳ではない。東国より渡った老人には、
他国の文字文書など理解のしようが無く、半ば文盲であった。

そうした折に、教会図書館で司書であった男に紹介されたのがこの女である。
言語分類学上のカーン語族に滅法強いという、際物の能力を備えていた事が理由だが、
刮目すべきは、言語的推測能力の高さと、異常とも言える知識量で、
ものの二週間もせぬ内に、此方の文法を理解し使えるようにまでなっていた。

女曰くは、同型語族は比較と規則性の体系化、変化形体を推測できれば
ある程度の形になるとの事で、また実際に使える者がいる場合、
然程難しくは無いとの言である。また、下地の幅が広がれば加速度的に
応用の範囲が広がる為に、多国語の習得は寧ろ簡単とも言う。
此れに関しては理解はできるが、一切同意出来ない思考である。

一般の人間が他人に天才性を感じる瞬間とは、
異常な熱量に込められた狂気と爆発力を肌で感じた時だろう。
この女の乗数的理解度には恐怖すら抱く程であった。

まさに宝と言って良い能力の持ち主であるが、当の本人には然程の自覚がなく、
また、帝国にとってもそれが具体的な国益に繋がる方策を持っていなかった為、
極小規模な教会図書館のしがない図書館員に女は収まった。

「影患いって聞いた事ないですか？」
「有らぬ。」
「んー？あ、でも住んでいたのが地方なら別の呼び方をしていたのかも。
　文献にしても、友好使節団も殆ど中央の人間しか出てこないので。あ！影法師とか似てるかも。」
「妖怪の類か、障子の影か、正体はなんじゃ？」
「ごめんなさい。オカルトは苦手で。。。」
「専門外という事か？」
「え。あの。オバケとか、ちょっと小さい頃からダメで。」
「三十路過ぎて何を言っておる。」
「ううー。でも、幻覚の一種と言われてはいますね。頭の異常とかお医者さんは言ってましたけど。」
「具体的には？」
「私たちが物を見たり聞いたり考えたり、という知覚は脳が司っていますよね。
　脳も内臓と同じように、場所によってそれぞれ担当している分野が違うんです。
　そのある一部に異常が出ると、幻覚を見たり、自分そっくりな何かを見たりする、ということです。」
「成る程。じゃが、本人も儂も、その他にも目撃した者もおる場合はどうなる。」
「集団心理の可能性もありますが、自分勝手な人が多い冒険者の方々が、
　一般に言われるような心理同調が起こるとは考えにくいですよね。・・つまり、その。。。」
「オバケか。」
「いやー！もうムリ。帰って下さいっ！」
「ぬおっ。おお・・ノーコンじゃの。何なのじゃ貴様は。」

三冊纏めて放り投げられた厚く重い本は、歪な軌道を描き、そこそこ飛んで床に散らかった、
恐怖に対する防衛反応は様々あるが、この女の場合は攻撃規制であるらしい。
か細い腕の何処に纏めて本を投げつける握力と筋力が内蔵されていたのか、
はたはた謎であるが既に話にならない状況で、謎だけを増やされ図書館を後にした。

「外っ面はさておき、本質は中々強かじゃ。」

叡智にも、未だ未知ありである。


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前回末から影続きの、怪奇譚の周辺事情です。
原因は単純に設定ミスによるバグなんでしょうが、
PC的には何でしょう。鬼島だと「蟲患い」とか言うのでしょうかね。
世界を構成する正体不明な虫（元素）たちが悪さをしているとかそんな解釈。

銀細工師にもなりましたので、こちらも書くかを考えましたが、
何せ転職よりオバケの方が「ふぁんたじぃ」