日の出の国にあって、そこは陰気な村であった。
聳える山々が日を奪い、代わり海より吹き付ける湿潤な季節風は山に阻まれ、冬は雪を伴う寒風として吹きつけた。近隣国の侵略の対象にならぬ過酷で貧した土地は、いつの頃からか、食い詰め者の溜まり場と化し、土地自体も随分食い詰めていたので、何時と言わず年中諍い、争いと略奪が横行した。
人は、藤巻城の丑寅の方角に位置する、この地獄の釜が如き地を鬼門崎と呼ぶ。
初夏の青葉を咲かす山櫻の肌に、微かに古い傷があるのが見える。
思えば年の頃が五つか六つか、ハルと呼ぶ少女と丈比べをした跡だ。
跡を撫でると、乾いて荒れた手触りがして、手の平はその幹のように黒く煤けて汚れた。
何処を見ているのか、或は見ていないのか、男の視線は薮睨みのまま、
中天に差し掛かる太陽を仰ぎ、短い日の光に眉を顰め男は山櫻を後にした。
産業に乏しいこの土地が、世に言う忍や草、乱波透っ波という者で商売を始めたのは何時の頃からか。過酷な環境を求める修験者が、貧困に荒む者に布教と更正を施したのが発端とされるが真実は判らない。いずれにせよ、密教特有の神秘主義と閉鎖社会の結束は、独特な価値観と文化を形作る事と成った。
子は誰の子として育てられるでなく、出稼ぎ要員として鍛錬と教育を施され、
その内、口減らし病気や事故等による死亡、人身売買を免れた者だけが残った。
こうした成長過程を過ごす内、淡白で現実主義な人格が形成され、
強い猜疑心と強かな自立心を持つ集団が出来上がる。それは個性と言うに拙く、
また集団の結束力は寧ろ無いに等しかったが、どの道、諸国散散り散りになり、
同胞同士で殺し合うことも珍しくなかったので、寧ろ都合が良かった。
「己」とは即ち、「他」との瑣末な差異。
この男もまた同じく、その心は淡白で、虚ろが支配していた。
「玄(とら)よ、聞いておるのか。」
行灯の灯る薄暗い堂の上座から、蛇が首筋を這うような声がして
玄と呼ばれた男は「当然に御座る。」と短く言葉を切り、衣の襟を正した。
「いや、すまぬ。此方からではお前が何処を見ているのか分からぬでな。」
男の心を知ってか知らずか、上座の男は先と同じ調子でこう返した。
昴玄は両眼外に向いた僻目を持つ極めて不気味な印象の男だった。
八つの頃、着地術に失敗し頭部を強打し三日三晩生死を彷徨い、
再び光を見る頃には、その目は虚ろの方を向いていた。
頭部を強打するなどして、片方が眇となるなる者はたまに存在したが、
両眼が僻目となる者は極めて稀であったのは、
そうなる者が三途の川の向こうを見ていたからに他ならない。
斯くして昴玄は生きながら彼方者の目を持つことになった。
行灯の火が油をぢぢりと啜る音の中で、堂に集まった者達は、上座の男の語る策戦を身動き一つなく聞き入っている。それは何か、噺家が二百地蔵相手に寄席を開いている様な、一種滑稽な姿に見えた。この策戦とは言い方で、寄り合いに参加する成員を一単位とし、各々の成す仕事を述べられるだけである。本懐は、各々失敗や都合により遂行出来ない場合を考慮し、他の成員の仕事を把握することで、不測の事態への対処、或は代行にて策戦を淀み無く続行することにある。
昴玄の得意とする所は、所謂荒事で破壊活動や浸透戦術であったが、
言い渡されたのは、一言で辻斬りであった。異様なのはその殺し方で、
中には牛で身を裂き割るもの、鉤爪で腸ごと引き裂くもの等、
陰惨なものばかり、用いる道具から細かく指示された。
「西海の鬼、期待しておるぞ。」
上座の男は言葉を括り、相承知。と一同答え、他の者と同じく昴玄も席を立った。
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