>しかしアレだな――…鬼島さんが服を仕立てているところは想像し難い。
「服なぞ着れれば良かろう?」
と返しそうな玄斎ですが、ジゼルさんがいう様に確かに違和感があります。
刺繍や織物は多くの国で女性の仕事である事が多く、
日本でも、織姫や鶴の恩返しのように、女性の属性であることが多いのです。
染織の人間国宝では寧ろ男性の方が多いのですが、
「男は外で働くもの」「女は家を守るもの」という
旧来の、しかし現代においても潜在的に存在する価値観からすると、
旧来の属性を持つはずの玄斎が、仕立てをする事には違和感があると思います。
男女平等の価値観はさて置き、具体的には下の例え話のような事で、
ある社会集団に属する以上、その価値観の影響は多かれ少なかれ受けるのです。
以下の話に感じる不協和は、割と根が深い問題だったりします。
◆◆◆◆
むかしむかし、あるところにジゼルという若者が住んでいました。
ある寒い雪の日、ジゼルは町へ喧嘩を売りに出かけた帰り、
罠にかかっている一羽の鶴をみつけました。
動けば動くほど罠は鶴を締めつけます。ジゼルとてもかわいそうに思いました。
「じっとしてろよ。今助けてやるからな。」
鶴を助けてやると、鶴は山の方に飛んでいきました。
家に帰ってしばらくすると、入口をたたく音がしました。
「誰だ。」とジゼルは扉をあけました。
美しい娘さんがそこに立っていました。
「夜分すみません。雪が激しくて道に迷ってしまいました。
どうか一晩ここに泊めてもらえないでしょうか。」
「悪けど、ベッドは一つしかないからそっちで寝てくれ。俺はソファで寝るよ。」
娘さんはこの言葉に喜びそこに泊まることにしました。
次の日も、また次の日も雪は降り続き数日が過ぎました。
娘さんは心優しくジゼルのために炊事、洗濯、何でもやりました。
寝る前にはジゼルの肩をやさしく揉んであげました。
ある日、娘はこう言いました。
「私は綺麗な布をおりたいと思います。糸を買ってきてくれませんか。」
ジゼルはさっそく糸を買って来ました。作業を始めるとき、こう言いました。
「これから、機をおります。機をおっている間は、決して部屋をのぞかないでください。」
「いいさ。女の隠し事は見ない主義だ。」
部屋に閉じこもると一日じゅう機をおり始めました。
夜になっても出て来ません。次の日も次の日も機をおり続けました。
ジゼルは機の音を聞いていました。
三日目の夜、音が止むと一巻きの布を持って娘は出てきました。
それは実に美しいままで見たことのない織物でした。
「これはツルの織物と言うものです。
どうか明日町に行って売ってください。そしてもっと糸を買ってきてください。」
次の日。ジゼルは町へ出かけました。
「ツルの織物はいらんかね。ツルの織物はいらんかね。」
とジゼルは町を歩きました。
とても高いお金で売れたのでジゼルは糸と他の物を買いました。
そしてうれしく家に帰りました。
次の日、娘はまた織物をおりはじめました。
三日が過ぎたとき、ジゼルは思いました。
「あの材料でどうやってあの織物を織るんだろ。徹夜も続くしちょっと気になるな。」
ジゼルは心配になり、とうとうのぞいてしまいました。
娘がいるはずの部屋では、ハゲジジイが鬼気迫る表情で機を織っていました。
ジゼルは何も語らず、襖をそっ閉じでした。
おしまい。