剥き身の筈の刀身。
武器の束だけ握りしめたが如き様相は、些か滑稽にも見える。
それが酔狂でないのは、一合目の踏み込みを見るに明らかであった。
何より、相対したるは異能の集う冒険者の中にあって、尚、天稟。
何より、相対したるは異能の集う冒険者の中にあって、尚、天稟。
一合目を免れたのは、
間合いと踏み込み、肩の初動。
脳髄に走る、既視感。
間合いと踏み込み、肩の初動。
脳髄に走る、既視感。
「まさか不可視付与されてるのに避けられるとは…」
残念閔子騫、という風で踵を返す男を見送り、老人は納刀した。
花村流に「眩(くらぎ)」と剣がある。
暗中、夜眼に慣れた相手に、刃で返した月の光を浴びせ、
瞳孔の縮小を以って、相手を一瞬暗闇に陥れる月遁である。
花村流は其処から剣筋が首筋を走る。
男の技は、日の下でありながら、しかし其れに良く似ていた。
花村流に「眩(くらぎ)」と剣がある。
暗中、夜眼に慣れた相手に、刃で返した月の光を浴びせ、
瞳孔の縮小を以って、相手を一瞬暗闇に陥れる月遁である。
花村流は其処から剣筋が首筋を走る。
男の技は、日の下でありながら、しかし其れに良く似ていた。
生命の気配と蒸気に噎せる密林の奥深く。
蔦に絡まる大樹の陰にらしからぬ光を目の端に捉えた。
苔生し黄色く変色した成れの果て、胴に纏うは輪廻の鎧。
呼んだは其れか鎧か。
蔦に絡まる大樹の陰にらしからぬ光を目の端に捉えた。
苔生し黄色く変色した成れの果て、胴に纏うは輪廻の鎧。
呼んだは其れか鎧か。
花村流は守の体系であり、
重厚な受けで崩して打ち取る強かに堅実な剣である。
重厚な受けで崩して打ち取る強かに堅実な剣である。
また、花村流では膠着の盤面を揺さぶる方便を妖刀と呼ぶ。
妖刀とは即ち、実体の無い瞞し。
妖刀とは即ち、実体の無い瞞し。
挙動、視線、言動を相手の無意識下に植え込み、
ある瞬間に正体不明の一手(鵺)を差す。
隙か好機かはてまた罠か。目まぐるしく渦巻き昂る情動。思考の死角。
隙か好機かはてまた罠か。目まぐるしく渦巻き昂る情動。思考の死角。
この刹那。花村の剣は妖刀に「化ける」のである。
長い乱世において、花村流の妖刀が他流に組み込まれずにいたのは、
抜けば必至の殺人剣だからではない。
実部が剣術ではなく、人心を惑わす幻術だからに他ならない。
故に、凄腕の兵法者でさえその「剣」を見破る事が出来ず、
ある者は喰い斃され、ある者は狐に抓まれたが如くになるのであった。
ある者は喰い斃され、ある者は狐に抓まれたが如くになるのであった。
今日に至り、花村流の使い手は此の老人が唯一人。
人を惑わす乱世の剣は、緩やかに終焉を迎えようとしていた。