冬牡丹 十二単を 纏い着り
奇々怪々に色めき立つ雑踏の中、老人は眉を顰めた。
昨年、晴れて古希を迎えた男の眉は白く、 また寄せる年波は、彼の顔面を険しく削られた岩の様にしていた。 現四代に渡り大名家剣術指南役を勤める巌本の嘉名は天下にも聞こえ、 三代目、巌本一馬の名は家督を譲り隠居となった今尚、門下一同に強い影響力を持っていた。 巌本が粗末な刷りの讀賣に目を落とすと、剣士が暗中鬼に襲われている姿が刷られている。 東海を臨む街道を行く問屋が襲われ、奉行所は火付盗賊改方配下の同心を街道に配置したが、今度は同心が襲われた。 大規模な野狩り山狩りをするも未だ効果が見られず、在るものは爪に裂かれ、在る者は貪り食われ、 相手を選ばずただ闇雲に犠牲が増えるばかり。かく噂は街を浮つかせ、正に鬼の仕業となっている。 老人は讀賣を懐に仕舞うと、静々と家路に付いた。
夕餉の刻、日頃の質素な膳には無い、艶やかな緑と出汁の香りに思わず老人の顔が緩んだ。「 茄子の翡翠煮か、これは美味そうであるな。 」ふくよかで瑞々しい茄子の肉は、甘い出汁を良く含み、噛む程に蕩けた。 薬味の大葉、卸し大根、茗荷を口に含めば、青々と涼しい風が鼻を抜ける。 黙々と箸を勧める妻のふきと二言三言言葉を交わし、 今度は息子の兵庫に今や街を賑わす奇談について問うた。 「噂は噂に御座いましょう。お父上は無用な心配を為さらぬよう。 大凡野盗の類いが、寄りて集り凶行に及んだのでしょう。 次の山狩りには、我ら巌本より人を出しますゆえ、事態の収拾は時間の問題で御座いましょう。」 ここまで言いかけて、ふと母の鋭い視線に気がついた兵庫は口を噤んだ。 「兵庫殿。食事中に団欒以外を持ち込むのは言語両断ですぞ。」 ぴしゃりと言葉を切ると、ふきの沢庵を噛む音だけが食膳に響いた。
静かに月の光を映す庭池の水面に目を細め、目を閉じれば虫の音が聞こえてくる。 満天の空の下、些か騒々しいこの宴を聴きながら、老人は過去を思った。 奇怪な痕跡と無秩序な犠牲。思えば八年程前にも鬼の名が踊り、ふつり眩ませ八年。 この怪異が人か怪か分からぬが、快楽か食欲か或は何か目的の為に姿を現した。 薄気味悪くあり、その凶行の裏に何やらきな臭い思惑が有る様にも思われる。 ごっと風が起こり、温く湿った空気が頬と母屋の風鈴を撫でた。 目を開けばいつの間にか月は雲に覆われ、雨の匂いが立込めている。 虫の宴も疎らになり、此れは一雨降りそうだと、ガラガラ鳴る風鈴を背に巌本は離れ家へと戻っていった。
◆◆◆
日記の初期は古文的な要素がやや強かったのですが、気がつけばトモゾー心の俳句な始末。 俳句は季語が決まれば、後は何となくそれらしい言葉を埋めて加工すれば出来るので更新が楽なのです。 かくして作れば作るほど、詩的な表現という沼に嵌り、もうどうにも後戻りできない感じです。無学で剣の他に能が無い漂泊の盆暗東洋人の設定が、今や俳句も嗜む風流人気取り。げに恐ろしき文明開化。
此処にこうして書いてる事に、キャラクターが随分引っ張られているのもあるのでしょうけど、 設定という枠に嵌めて度々チェックをしないと、キャラクターの変質はどうにも避けられない気がします。
昨年、晴れて古希を迎えた男の眉は白く、 また寄せる年波は、彼の顔面を険しく削られた岩の様にしていた。 現四代に渡り大名家剣術指南役を勤める巌本の嘉名は天下にも聞こえ、 三代目、巌本一馬の名は家督を譲り隠居となった今尚、門下一同に強い影響力を持っていた。 巌本が粗末な刷りの讀賣に目を落とすと、剣士が暗中鬼に襲われている姿が刷られている。 東海を臨む街道を行く問屋が襲われ、奉行所は火付盗賊改方配下の同心を街道に配置したが、今度は同心が襲われた。 大規模な野狩り山狩りをするも未だ効果が見られず、在るものは爪に裂かれ、在る者は貪り食われ、 相手を選ばずただ闇雲に犠牲が増えるばかり。かく噂は街を浮つかせ、正に鬼の仕業となっている。 老人は讀賣を懐に仕舞うと、静々と家路に付いた。
夕餉の刻、日頃の質素な膳には無い、艶やかな緑と出汁の香りに思わず老人の顔が緩んだ。「 茄子の翡翠煮か、これは美味そうであるな。 」ふくよかで瑞々しい茄子の肉は、甘い出汁を良く含み、噛む程に蕩けた。 薬味の大葉、卸し大根、茗荷を口に含めば、青々と涼しい風が鼻を抜ける。 黙々と箸を勧める妻のふきと二言三言言葉を交わし、 今度は息子の兵庫に今や街を賑わす奇談について問うた。 「噂は噂に御座いましょう。お父上は無用な心配を為さらぬよう。 大凡野盗の類いが、寄りて集り凶行に及んだのでしょう。 次の山狩りには、我ら巌本より人を出しますゆえ、事態の収拾は時間の問題で御座いましょう。」 ここまで言いかけて、ふと母の鋭い視線に気がついた兵庫は口を噤んだ。 「兵庫殿。食事中に団欒以外を持ち込むのは言語両断ですぞ。」 ぴしゃりと言葉を切ると、ふきの沢庵を噛む音だけが食膳に響いた。
静かに月の光を映す庭池の水面に目を細め、目を閉じれば虫の音が聞こえてくる。 満天の空の下、些か騒々しいこの宴を聴きながら、老人は過去を思った。 奇怪な痕跡と無秩序な犠牲。思えば八年程前にも鬼の名が踊り、ふつり眩ませ八年。 この怪異が人か怪か分からぬが、快楽か食欲か或は何か目的の為に姿を現した。 薄気味悪くあり、その凶行の裏に何やらきな臭い思惑が有る様にも思われる。 ごっと風が起こり、温く湿った空気が頬と母屋の風鈴を撫でた。 目を開けばいつの間にか月は雲に覆われ、雨の匂いが立込めている。 虫の宴も疎らになり、此れは一雨降りそうだと、ガラガラ鳴る風鈴を背に巌本は離れ家へと戻っていった。
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日記の初期は古文的な要素がやや強かったのですが、気がつけばトモゾー心の俳句な始末。 俳句は季語が決まれば、後は何となくそれらしい言葉を埋めて加工すれば出来るので更新が楽なのです。 かくして作れば作るほど、詩的な表現という沼に嵌り、もうどうにも後戻りできない感じです。無学で剣の他に能が無い漂泊の盆暗東洋人の設定が、今や俳句も嗜む風流人気取り。げに恐ろしき文明開化。
此処にこうして書いてる事に、キャラクターが随分引っ張られているのもあるのでしょうけど、 設定という枠に嵌めて度々チェックをしないと、キャラクターの変質はどうにも避けられない気がします。