時は去り
思い出は薄れてしまった
夢のように頼りない
色を失ったあの時は
現実だったのだろうか
木々の隙間の青空に、重い鎌首を擡げた金床雲が見える。
森は咽せるほど生気に満ちた匂いを湛えるが、足取りは重い。
老いを感じるのは、ふとそうした瞬間であって、
これから参じねばならぬ葬儀の為ではない。
ジャック・リネル。物心のついた頃からの友は
ついに、この夏を越す事が出来なかった。
冒険者として共にクロスデンへ旅立った日も、
仲間のアンナと結婚した日も、
思えばいつも共にいた。
同胞(はらかた)の死に感じるところは、
やはり多くの別れと等しく、一抹寂しいものだ。
会い、別れる。何度も繰り返した事だが、
「会う」という場面がこれ程曖昧な存在は、今生ただ一の人だろう。
景色が開け、汗ばんだ額を風が優しく撫でる。
森の一軒家は、既に参列を終えた者、様子を伺う者それぞれだ。
息を切らせつつ、暗い部屋に入ると眉間に皺を寄せた女が不服そうに立っていた。
別に彼女は何が不服という訳ではない、
昔も今も、彼の妻とは、クローディアとはそういう女なのだ。
「まあ、残念だ。」
「そうね。顔を見てって。きっとジャックも喜ぶわ」
箱に収まった友の顔は、安らかで、皺が刻まれていた。
老木の瘤ような額に触れると、井戸水のような冷たい温度が伝わった。
窓から迷い込んだ風が、その色素の抜けた細い髪を吹き抜け、
木々の揺れる音と、外で誰ぞぼそぼそと話す声だけが聞こえてくる。
テーブルにつき、水差しからコップに水を移す。
炊事場でクローディアが鍋を火に掛ける音が聞こえる。
パタパタと歩く音、娘と一言二言話しているのが聞こえた。
ぼんやりと暗い天井を見上げ、少し温くなった水を仰いだ。
程なく、主人の席にスープが置かれ、
その後、炊事場から近い方から順々にスープが置かれた。
去った主人に祈りを捧げ、皆無言で、塩スープとパンを噛んだ。
食膳の後、皆思い思いに、ある者は帰り、ある者は思い出を語り過ごしている。
クローディアに呼ばれて、部屋の片隅に行くと、
彼女は引き出しから白い石のような物を手渡してきた。
「貝か?」
「そう、覚えてる?みんなでクロド村に行った時の事」
「あ」
「ジャックは言ってたよ、ありがとうってね」
その瞬間、友の鮮やかな笑顔を思い出してしまった。
抜けるような蒼穹、照りつける太陽、潮騒、風。
皆、笑っていた。
カンテラの薄明かりを頼りに森を行く。
ポケットに仕舞った貝殻が膝を擦る。
足取りは重い。それはきっと老いたから。
こびりついた思い出も
己という 浜辺に残した落書も
細波の反映に いつしか溶けていくのだろう
時は去りぬ
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